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2009.03.22

タイ旅行記2

はじめの総括から読む場合こちらから。
写真はカーソルを合わせてどうぞ。

市内観光、続いてワット・ポー(涅槃寺)。仏さんが横たわってるあれです。
ガイドブックと同じような写真と、そこでの記念撮影ができただけなので
そこらの写真は割愛。
ワット・ポーはタイ式マッサージ発祥の地である。
古くは医学の勉強をするところであり、人体とツボの図が壁に描いてあった。
境内?はこんな感じ。
尖塔は王や王族、市民のお墓なんだそうだ

それから、ヨガ体操の像があった。いつから建ってるんだろう?聞かなかったなあ。
ヨガ体操の集い

ジローさんのイチオシはこれ

皆さん真剣

こんなのもあった

つらそうである

これ、沙羅双樹の花なんだそうだ。へ~。
もっと儚げな花をイメージしていた

次に向かったのは王宮&エメラルド寺院。
もうこのあたりから暑さでぐだぐだ。
はじめにはしゃぎ過ぎたせいもあり、テンションの落差が我ながら激しかった。
もう既に何が何だかわかっていないが、とにかくギラギラ

猿?とか

鳥?とかが守っている

重労働のひとたちもいる

ほっと涼やか

それから、こういう花を連ねたお守りは、船や車にもつるしてあってよく見かけた。
ひっそり供えてあった(多分)

このあとは昼食に続いてショッピングの時間。
昼食はどこかのホテルのビュッフェ。大勢の日本人観光客と一緒。
あんまり免税店!宝石!とかに興味のない私たちは
買うまで帰れないのかとハラハラしながら宝石店をなんとかクリアー。
いろいろと笑えることもあったなあ。。。

ガイドのジローさんが夕方以降のオプショナルツアーも提案してくれた。
タイ古式マッサージと、古典舞踊を見ながらの夕食。
納得の値段だったので、よしそれも!と決行。
マッサージは、もっと強くてもいいかなとは思ったが
あったかくて柔らかい手が気持ちよくって、疲れた足によく効いた。
古典舞踊のショーハウスは、半分が日本人学生、
残りのうちの5分の3がその他日本人、残りが西洋の老人、という感じだった。
修学旅行っぽい感覚で鑑賞。食事はおいしかった!タイ米、嫌いじゃない。



つづく。





↓ありがとうございます。
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Posted at 21:41 | 旅のきろく | COM(0) |
2009.03.22

タイ旅行記1

ついでにタイあれこれ。
はじめの総括から読む場合こちらから。
写真はカーソルを合わせてどうぞ。


出発日と最終日は、夜着朝発だったのでほとんど移動のみ。
中3日がまるまる観光という4泊5日の旅でした。


1日目。旅行に対する緊張感もだいぶ薄れ、当日準備して当日出発。
18時ごろの飛行機に乗るため母と成田へ。
お腹がすいたから、日本での最後の食事として牛丼とラーメンを張り切って食べたが
飛行機乗ってすぐ機内食が出て、ちょっと持て余す。
まだまだ海外旅行マスターへの道のりは遠い。

今まで気づかなかっただけなのかJAL特有なのかわからないが
正面のモニターに、飛行機前面や下部に取り付けられたカメラからの映像が
離着陸の際に映し出されていて、それを見てたらパイロットになりたくなってしまう。

隣に座った若い白人女性はなんだか人懐っこい感じの人で
もう片方の隣にいた日本人男性にやたら話しかけていた。
私には、座席モニターの使い方がわからない時に必ず助けを求めてきた。なぜ。
母が、座席でうっかりコンタクト(非使い捨て)を落とすという大事件が起こった。
そう簡単には見つからず、これからの5日間の楽しみが半減か・・・と
わりと絶望的な気持ちになりながら大捜索、数分後、発見!
「よく見つけましたね~!」と事情を知るCAさんに言われたが、
コンタクト(非使い捨て)ユーザーはこういうとき恐るべき執念深さを発揮するのだ。
そして例の隣の白人女性にも
「Oh! Your contactがなんとかなんとか!」と何か言われた。

タイ国際空港に到着。24時頃、だったかな?暑い。これは暑いぞ。
JTBの現地ガイドがお迎えしますということだったが
一体どこで・・・?ときょろきょろしながら出てくると
JTBのパネルを持った強面のお兄さんがこっちに叫んでいるのが見え、
えっなんか怖いんですけどと思っていたら違うところから
「サチコサン!」とJTBのTシャツをきた可愛い顔のおじさんが来てくれた。
基本的に送迎や観光ツアーは他のお客様と一緒になるものと思っていたが
この送迎は私たちふたりだけだったようだ。
「私、現地ガイドのジローです」と見せてくれたネームプレートには
アルファベットで本名と思われる名前が書いてある下に
カタカナで「ジロー」と書かれていた。日本人向けのニックネームなのだろう。
ツアーってこんな感じなのか~とその名札を見て妙に納得。
JTBのマイクロバスの中で、タイのサツ(紙幣)とカネ(硬貨)の説明を受ける。
ホテルでのチップの渡し方についても教えてくれた。
チェックインまで面倒を見てくれて、明日の朝ここのロビーで、と言ってお別れ。
あとで、ここでジローさんにもチップを渡すべきだったのだろうね、と反省。
客室まで案内してくれたお姉さん、日本語は話さないがスタイルが良くてかわいい。
荷物を運んでくれたボーイさんに、教わったとおりチップを渡す。
分不相応の高級ホテル。部屋を走り回ってはしゃぐ。
けど次の日朝が早いのでシャワーを浴びておとなしく就寝。



2日目。6時くらいに朝食ビュッフェへ。
暑かったけど川辺の席へ。チャオプラヤー川だ。
コーヒーより紅茶派なのだけど、コーヒーがおいしかった。
何か冷たい飲み物はありますか?と教科書英語を唱えたらアイスコーヒーをくれた。
半実仮想の清涼感

さて、ジローさんと合流し、この日もふたりだけのガイドツアー。
バンコク市内観光+ショッピング、という定番のコース(なのだそうだ)。
まずは船に乗ってワット・アルン(「暁の塔」)。
こういうところ

下からどーん

中国からの運搬中に器を落としてできた破片をはってあるそうだ

顔とか、象とか、器とか

夏でしょ

階段が急で、手すりにしがみついて下りないと怖い

猫住民多かった

神聖な動物なのか?

さよならワット・アルン



つづく。→


↓ありがとうございます。
Posted at 21:41 | 旅のきろく | COM(0) |
2009.03.22

長崎徒然

長崎へ行っていました。
タイの話も中途半端だけど、記憶が新鮮なうちにざーーーっとメモ。
読みにくいですが、写真はカーソルを合わせてどうぞ。




母は仕事等の関係で往復新幹線、時間があってお金のない娘たちは
往復夜行バスを使って3泊5日の大旅行(?)。
1日目の21時、新宿発はかた号で博多へ。往復割引で27,000円(往復)/人。
途中、諏訪湖と下松のSAで夜と朝の洗顔休憩を挟みながら博多には翌日11時着。
本州から九州へ渡る瞬間がどこだったのか、眠くて確認できず。
長崎行きの高速バスが出るまで2~3時間あったのでぶらぶらする。
博多はいろんな花が咲いていていい天気だった。

大博通り
薬は飲んでいたけど花粉症がつらかったのでしぶしぶマスクを買う。その後も活躍。
櫛田神社、ふるさと館、ボランティアの観光案内のおじさんに聞いた明太子屋、
明太マヨネーズ購入、イタトマで食事した後に明太子丼が食べれる店を見つけて後悔。

長崎行きのバス九州号。片道2,500円のところ4枚つづり回数券で8,000円。お得。
14時過ぎのバスに乗って長崎に着いたのは17時ごろ。
路面電車が走っていて、NHK長崎がすぐ近くにでーんとあって、竜がいて、
オンエアー中の地元ラジオのスタジオに若者がぼつぼつ集まっていて、
坂というか山の斜面というかに家、家、家。
ごちゃごちゃしてるのに広々してる、という印象の長崎駅だった。
地図をぐるぐる回してすったもんだしつつもきちんと宿に到着。
宿は可もなく不可もなく。1泊3,800円/人。平日は朝食つき。駅から徒歩5分。
まつげが、少ないながらやたらくりっとカールしたフロントマン。
ニコニコと愛想がよいが目を合わせない、ちょっと怖い。

荷物を置いて夕暮れの長崎市を散策。
実は横浜市民の私たちだが、
妹は同じ港町として長崎に対しかなりのライバル心を燃やしている模様。
夜景を見ながら食事できるという海鮮丼の店を目指して出島波止場へ。
その途中、文明堂本店を見つけてつい寄り道。部屋用のおやつを買う。
なかなか情緒ある店構えだった。
波止場でデジカメのモードをいじりながら夜景撮影をし、海鮮丼屋さんへ。

出島ワーフからの夜景

夜景は結局うまく撮れなかった
外の席で私は海ぶどう丼を注文。リッチに1,500円!
海ぶどうとウニととろろ芋とイクラがのっていた。おいしかった。
ウニに惹かれるなんて、大人になったもんだ。でもわさびはよけた。
外の席担当らしい店のおじさんが、どこから来たの?等話しかけてくる。
おじさんも昔横浜に住んでたよ~等々それなりに話し、お勘定。
私はけっこう愛想良く話したつもりだったが、あとで妹に
「ああいうとき無愛想なところがお母さんよりもお父さんに似てるね」と言われた。
(私はよく母似だと言われるのだが、それに反して。)
え~~妹にはそう見えるのか~~、ふ~ん。
コンビニに立ち寄ってから宿へ。遅れて到着した母を夜中迎えにいって、就寝。



2日目の予定はハウステンボス。しかしあいにくの曇りのち雨。
さっそく出かけの電車に乗り遅れ、特急料金300円を払って行く羽目に。
ハウステンボスはとにかく料金が高い!パスポート5600円。
で、長崎駅からHTBまで快速で行くと片道1,430円のところ、
JR九州の割引切符だと往復+パスポートで6,700円になるので得っちゃ得だが、
結論から言うとHTBの満足度はいまいち・・・だったので、
一度行っておいて良かった、と思うことにしても高いような・・・。
ディズニーランドのほうがいいな。
それが良いか悪いか、好きか嫌いかはともかく、
盛り上げ方のクオリティが、ディズニーは高いと思った。
でもまあ盛り上がりに欠けるというだけで、楽しい思いはこまごまたくさん味わった。
チューリップかわいかったし、伊万里焼の展示は見ごたえあったし、
突っ込みどころ満載のアトラクションもなかなかぬるくて良かった。

曇天のハウステンボス

チューリップ祭開催中だった

ここからの景観を見たときはわくわくしたんだけどなあ
長崎駅へ帰ってきて、母のおごりで豚角煮(名物らしい)やらあご(飛魚)やら食べ
宿に帰って就寝。ばたんきゅー。



3日目は市内観光。トップバッターは遊覧船にのって軍艦島見学!
私は遊覧船運が悪いらしく
これまでの国内旅行で、乗船計画を立てるも達成ならず、という経験が幾度かある。
でも今回はお天気にも恵まれてばっちり堪能できた!
揺れる船内を右へ左へよたよたと移動しながら写真をとりました。
軍艦島というのは、かつて石炭エネルギーが主流だった時代に
石炭採取のためだけに、炭鉱夫とその家族たちの生活の場として作られた人工の島で
炭鉱の閉山とともにその島も用済みとなり今では無人島、という島。
遠くから見たときの形が軍艦「土佐号」に似ているからそう呼ばれているのだとか。
炭鉱の閉山にまつわるドラマは、世界中にたくさんあると彼が教えてくれた。
一緒に見た『リトル・ダンサー』『フラガール』
俗に言う”炭鉱物”というジャンルに属する映画らしい。
そう遠くない時代の廃墟を間近で見て、映画の感動も思い起こして、感じ入った。
今桟橋を工事中で、4月からは上陸ツアーも催行されるそうだ。
機会があったら行ってみたいと思う反面、心無い観光客に汚されたり、
案内板などがどかどか立てられたりしてしまうのかもしれないと思うと複雑だ。
世界遺産への登録運動も行われているらしい。
最近いろんなところで「◎◎を世界遺産に!」という声を聞く気がするが
いったい世界遺産っていくつくらいあってどういう基準で決められているのか
早々にウィキペディアで読んでおこうっと。

軍艦に見えるのは反対側から見たときなんだけどね

波の高いところは防波堤も高くしてある

かもめかとんびが上空にいる
船を下りてからは主に母親が指揮を執って街歩き。
まず出島。当時の建物、町並みを再現。映画村みたい。
畳の部屋に洋風の家具を置いたり襖にドアを取り付けたりして暮らしていたとか。面白い。
出口になぜか駄菓子屋があって、出島とどう関係があるのかわからないが
「駄菓子を大人買い!」のポップについのせられて買ってしまった。
袋には一応出島スタンプが付いていた。

そのあと中華街へ。私は中華街といえば横浜、それでじゅうぶん、と思っているので
いろんな街の観光本で必ずスポットとして載っているのが不思議でならない。
だから本を見てもそこへ行きたいとは思わないのだけど、
母について入ってしまうといろいろおいしそうに見えるから困る。
ちゃんぽんを食し、中華菓子を2、3買い、通り抜ける。
月餅が分厚いのを見て、「崎陽軒のは平べったいよね」と横浜市民的発言も。

続いてオランダ坂、山手地区、グラバー園。
私の出身の高校も外国人居留地のなんとか夫人が建てたミッションスクールだったから
多少の親近感を覚えつつそういう学校関係のパネルを見るも、
その夫人の名前が(さんざん聞かされたのに)思い出せず、ごめん、なんとか夫人。
グラバー園へ入る手前の高みから見下ろす長崎市は絶景!
さっき乗った船で通った長崎港と、それを中心に広がる街が
鳥瞰図みたいに一望できる。こりゃすごいや。港が、海が、本当に身近なんだろうな。
私はこのあたりから、港町としての軍配は長崎にありと思い出す。
でも横浜のこともよく知らないからこれから勉強せなね。

港を中心に栄える長崎市

そこらへんから船に乗ったのだ
グラバー園は、洋館好きとしてはウハウハな感じ。
・・・と思いきや神戸の異人館に行ったときの感動のほうが大きかった。
疲れていたから?でもとにかく景色がいい。

瓦だけど洋風
次、大浦天主堂。こちらは予想以上に感動。さすがカトリック、荘厳だった。
礼拝堂の長いすに座って、スピーカーから流れる案内を聞きながら
ついつい眠りこける母娘三人。あとで三者それぞれが、
「寝そう!と思ってふと見たらふたりがすでに寝てたから自分も寝たんだ!」と主張。
気持ちよかった。

そこから路面電車の駅へ至る道は、土産物屋でひしめくよくある観光坂道。
びいどろを買おうか迷ったけど、結局どこでも買わなかったなあ。
家のお土産用にカステラを、試食の気前が良かった店で安易に購入。
母の(参照している本が)案内するコースによると、ここで路面電車に乗る。
やったー乗れる乗れる!
後ろに並んでいた親子の会話を盗み聞いて料金と乗り方を知る。
大人は100円。チケットなしと見た。
賑橋という駅で降りて、眼鏡橋へ。くっきりと眼鏡形には見えなかったが、
ちょうど日の暮れる時間帯で、柳の木、石橋、夕日、いい感じ。
出島で買った駄菓子を食べて一休み。

夜にはロープウェイに乗って100万ドルだか1,000万ドルだかの夜景を見るというので
いったん宿に戻り、防寒具等の準備を整えて出直すことにした。
駅からとは逆方向で宿に着くと、すぐ裏が料亭だったことが判明。
どうりでお城みたいな屋根の建物だと思っていた。
部屋で、文明堂で買ってあった最中を食べたりしてからまた出発。

駅から長崎バス。夜のロープウェイはそれなりに混雑。
ぎゅうぎゅう詰めで乗り込む。ガイドさんが舌足らずで聞き取りにくい。
それをかわいいと思うかどうかは人それぞれだろうが私は若干いらっとした。
しかし上っていく最中も眼下に広がる夜景は見事。
ロープウェイの真下で暮らす人々は、何かあったら巻き添えだなあ。
家賃とか安いのかなあ、こういう場所は。
展望台は風がぴゅーぴゅー吹いて非常に寒かったが
現地の人いわく風があるほうが空気が澄んできれいに見えるのだそうで、
「みなさんを歓迎してるんですよ」といいこと言ってくれた。
いや~、でも、長崎は夜景が有名って聞いてはいたけど
斜面にも広く広く人が住んでいて、真ん中に真っ黒い海が逆天の川みたいにあって
たまに船が汽笛を鳴らして帰ってきたりするのだけど船もきらきらしていて
朝、船で下をくぐった女神大橋もライトアップされて向こうに見えて
うーん、良かったなあ。横浜より長崎の勝ちじゃん?
(あ、でも夜景といえばレインボーブリッジから見た東京がやっぱり良かったかな。)

帰りはバスを待ちきれずタクシーをつかまえる。初乗り500円だった。安い。
運転手さんはにこやかな人で、横浜から来たというと
「それはいい所ですね~」と返してくれた。今負けを認めたところだったので複雑。
もう少し自分の街に親しんでおかないとな。
次の日の準備をして就寝。



最終日は母は京都の友達に会って帰るということで朝からまた別行動。
私たちは長崎駅からバスで1~2時間のところにある長崎バイオパークへ。
西海市というところにあるのだけど、車窓から海が見えて道々気持ちいい。
運賃を払うのに小銭がなくて降り口でもたついた。てへへ。

バイオパークは、動物とふれあえる!というのが売りみたい。
上野動物園だと檻に入れられてたりかなり遠く離れて見るようになっているが
いつどちらが襲われてもおかしくないような近距離で大した柵もなく動物がいて、
「噛むことがあるから手を出さないでね」という案内があったり
ガチャポンの機械で餌を売っていて好きなだけ与えられたり
その辺は動物によってさまざまのようだが、とにかく管理がゆるかった。
象とかライオンみたいな大きな動物はいなかったけど
放し飼いの動物がたくさん(カピバラとか)で
カンガルーやリスザルとも触れ合える、楽しい動物園だった。

カピバラは毛はゴワゴワだが口元は柔らかかった
リスザルのところだけは飼育員のお兄さんがいたけど、
ほかは係の人の姿は見えず。なんだこの信頼感は。
動物たちはとにかく餌を持っている人になつく(というか群がる)からわかりやすい。
「ほら、おいで」とか言っても来るわけはないが、餌を持っていたら人気者。
妹が動物好きなので、撮影にもこだわりがあろうと思いカメラを託した。
とちゅう、植物館のところでは「花は私じゃない」とカメラを返された。
たしかに花を撮りたがるのは私のほうだ。
と、ふたりばしばし撮っていたら電池切れになってしまった。写真はここでおしまい。
着いたときは寒くて、駅のロッカーにストールを入れてきてしまったのを悔やみながら
くまさんマフラー(700円)を買ったが、午後になると日向は暑いくらいだった。

時間ぎりぎりのバスで帰り、荷物を持ってバスターミナルへ。あとは帰途。
長崎から博多。博多から東京。ブログを更新。





↓ありがとうございます。
Posted at 16:33 | 旅のきろく | COM(2) |
2009.03.15

微笑みの国、タイ

母とタイに行ってきました。母は初海外。
母の希望(と出資)により、かなり贅沢なホテルとガイド付きツアーを私も初体験。

◆ホテルは、
ディズニーランドや良いスタバみたいなサービスの良さ(というそのたとえが貧相)。
スマイル0円、というよりスマイル料も込みの値段なのだろう。
しかもタイ人男性ってかっこいいのよ!ものすごく私好みかもと思った。
どこ人の男が、女が、子供が(自分にとって)好い!という声はたまに聞くものの
私はそういうふうに思ったことがなくて感覚が理解できなかったが、少しわかったかも。
私が求めていたのは東南アジアだったんだ(?)。
インドや中東くらいまで行ってしまうと彫りが深すぎるのだけど
適度に濃いめの顔立ちに褐色の肌がワイルドで
眉がちょい太だったりするところが誠実そうな感じがして好い!
そんなボーイさんたちに優しくされる日々でとても良い気分だった。

◆CKBファンが周りに少ないのが残念だが、
剣さんの音楽にはアジアの地名が織り込まれてる歌が多い。
なかでも『バンコクの休日』という曲はもろにバンコク観光の歌で
それをはじめ様々な曲の歌詞を思い出して重ねてしまうシーンが多々あった。
「ゴチャゴチャッとタイ屋台 買ったブッダのお守り~♪」ができたのがにんまり。
「チャオプラヤーの夕陽が好~き~♪」がクリアならず。
日暮れの時間を全部屋内で過ごしてしまったの。悔しい。

◆ガイドさんには、
市内観光ツアーと水上マーケット半日ツアー、それと空港送迎でお世話になったが
水上マーケット以外は、おそらく日程等の関係で、私たち母娘だけのツアーとなった。
つまり滞在中、自由行動にした一日以外は専属ガイドのようになってくれて
とてもいい人だったし頼もしかった。
ガイドという仕事は、考えてみると修学旅行のバスガイドさんくらいしか触れたことがない。
今回ずーっとお世話になってみて、もちろん大変なことも多いだろうが
でもきっとやりがいのある、素敵な仕事だなあと感じた。
そこからさらに「憧れの仕事」ということについて思考をめぐらせた。
機会があったらここでも書くかもしれないけど今は内容については割愛。
就職や今読んでいる本、まわりの友達なんかのことも思い出しながら
バスで隣にいた母ともしみじみトークをした。

◆母と、
ふたりの旅行だったわけだが、子どもの頃は怒りんぼの母親が怖かったから
ふたりきりで長い時間過ごす状況はなるべく避けたいと思っていたものだ。
今もその感覚がどこかに残っていないとは言えない。
「怒られる」という動詞は適切ではないかもしれないけど
母の、何かとヒステリックな物言いになるところは苦手だし、
なんとなく小さい頃の感覚を惰性でひきずっている感もあるし。
それに、大竹しのぶのマスターカード(だったかな)のCMじゃないが
恋愛談義なんかになろうものなら大面倒だ。是非はともかく、正直な話。
しかしそんな私の心配をよそにふたり旅行はスムーズに進み
「箸が転げても・・・」みたいにわけもわからず笑いが止まらなくなるという瞬間が
一度でなく、何度かあった。これちょっと、嬉しかった。


つづく。→



↓ありがとうございます。
Posted at 21:35 | 旅のきろく | COM(2) |
2009.02.24

5日目、最終日

こちらから読むと韓国旅行はじめから。



5日目。最終日。

全員でのプログラムはこれで終わりで、私はみんなと別れて延泊。
先に帰る組は宿から空港へバスで直行なのでお見送り。
他の残るふたりとともに私はソウルへ。スタバでブランチをとってから彼らともお別れ。
ロンリーアドベンチャー始動。
DSCN1304mini.jpg


南大門市場。でっかいアメ横みたいだ。日本語話者多し。
お店の人もそうだし、観光客も日本人たくさん。
日本語おじさんの店で青磁を買った。その後至る所で目にした鶴柄の、一輪挿し。
バレンタインが近かったのでチョコレートや製菓用品を売る店が多かった。

昌徳宮めざして歩く。到着日から思っていたけど東京よりよっぽど空気が悪い。
昌徳宮は決められた時間にしか入場できないと聞いていたので時計を気にしつつ歩く。
DSCN1307mini.jpg
昌徳宮の日本語ツアーは大混雑。修学旅行みたいだった。
どうせみっちり聞くわけでもないのだから
今度こういう機会があったら英語ツアーの方に加わったほうが楽しいかもと思った。
でもガイドさんはちょっぴり毒も混ぜつつ話す面白い方だった。

お粥の店に入る。
辛くなさそうなメニューもあったが調子に乗ってあえてキムチ粥に挑戦。
つけあわせと組み合わせながら、かなり時間をかけて食べきった。
先生といっしょのうちに聞いておいた片言ハングルでトイレの場所を聞いた。

北村(ブクチョン)という地域は韓国の伝統的な家屋を保存していて
歴史の解説やら織物体験ワークショップの運営やらといった活動を
ボランティアの人たちがしているエリアなんだそうだ。
事前に知っていたわけではないが控えめな案内板に導かれて
そんな家屋のひとつにたどり着いたら英語の解説員の方がそう言っていた。

ソウルなんて東京と変わらないらしいよ、と行く前に誰かが言っていたけど
この風景はなんか不思議、と思って撮った写真。
DSCN1372mini.jpg
ここらへんで角を適当に曲がったらかわいい喫茶店があったので一休み。
おしゃれしている女の人たちが何組か座ってお茶していた。
スコーンと紅茶を頼む。店内には雑貨も売っていた。
実は道に迷っていたので自分の持っている地図を見せてお姉さんに場所を聞いた。
韓国語「すみませーん(チョギヨー)」はこの辺ですっかりマスター。
(フランスに行ったときは「エクスキュゼモワ」さえ満足に言えなかった。尻込みして。)

もう夕暮れになっていて、近くにある女子中学校の下校時刻と重なる。
彼女らをターゲットに、高校生か大学生と思われる女子2人組みが
道に机を出して可愛い手作りチョコレートを販売していた。
私も大学に入った頃、友達と雑貨とかポストカード作って売ってた時期がある。
それを思い出してキュンとなったのでふたつ入りのをひとつ購入。
日本語も英語も通じなかったからまともにお話はできなかったけど
カメラを出したらピースサインで写ってくれた。
先生といっしょのうちに聞いておいた片言ハングルで「すてき」と言った。
帰国したらすぐ会える予定だったので、買ったチョコは彼に。他人の手作り。
おまけでくれたヘアゴムの袋にURLが書いてあったので
やっぱり普段からふたりで活動してるんだ!と思ってにんまり。
帰国してからアクセスしてみたら、洋服やアクセサリーなどを販売しているみたいだった。
全部韓国語だったから詳しくはよくわからないけど。

暗くなるころに仁寺洞(インサドン)。メジャーな観光ショッピング地域。
でも画廊なんかも多く商業化される前から芸術の地と言われているところらしい。
いかにもな感じの土産物屋もたくさんあるが、
アーティストが店を構えて手作り雑貨などを売る店もたくさん並んでいる。
かわいいものが多すぎて物欲の収拾がつかなくなるのを感じながらお土産を買う。
初めて自由が丘というところに行ったときのことを思い出した。
そういうところで気の向くままに買い物してたらきりがないに決まっている。
煩悩と戦いながら通りを歩く。

少し離れた地域にも行ってみる予定だったけどもう疲れてもいたので
行けるところまで電車に乗らずに歩くことでソウル観光を続けるということにして
宿へ向かって帰ることにした。
サラリーマンも若者も夜の街に繰り出す時間帯。大通りに屋台の多いこと多いこと。
食べ物だけでなくて、雑貨、お花、アクセサリー、占い。
占いは日本だとひっそりと怪しい感じにたたずんでいるか
なんとかの母とかいってマスコミに取り上げられているところにだけ行列ができているか
手相の勉強していますっていう人か、だけれど
何軒もある占いの店はどこもお客が2、3人で熱心に占い師と話し込んでいるようだった。
腹ごしらえをしたくて玉子焼きみたいなのを売っている屋台に立ち寄った。
脇に食べるスペースがあっておばちゃんが招き入れてくれる。
若い女の子たちも普通に利用する。
DSCN1393mini.jpg
玉子焼きの中身は沢庵の海苔巻きだった。びっくり。赤いソースをかけていただく。
一緒におでんも売られていて、その汁もスープとして出してくれた。あの辛いやつ。温まる。
甘いものがほしいと思って違うところでたいやきを売っていたのでお金を出したら
袋に5~6個どっさりくれた。1000ウォンでひとつだと思っていたのに。
朝までこれでじゅうぶんだと思って大事に抱えて帰った。

とちゅうでコイン式の公衆電話を見つけた。
小銭はどうせ円に換金できないのだし、携帯も使えないからうちにかけてみようかなと
電話ボックスの壁にある国際電話のかけ方案内を見てやってみたが
なぜかうまくいかない・・・。
アニョハセヨーって女の人が出て、たぶん同じ人に3回くらい間違い電話。
もういい加減迷惑だから諦めた。

宿に着いてのんびり。前日までとはちがってモダンで快適。
日本でHIS経由で予約したら1泊4000円。
その日に現地でお願いすると80000ウォン(6400円くらい)。得した。
シャワーを浴び、お金の計算、日記、ストレッチなどしたら1時くらい。寝る。

自分の家族に不幸がある夢をみて4時半ごろうなされて起きる。
携帯が使えないということは向こうに心配をかけるというだけでなく
そういうことが本当にあったときに私がそれを知る術がないということなのだ。
空港へ行くには早くても7時ごろ出発すればいいわけだけど
心配になってもう眠れない。まんじりともせず夜明けを待つ。

空港への直行バス乗り場をホテルの人に聞く。日本語。
近くまで着いてもよくわからず違うバス乗り場の案内係の人に聞く。英語。
バスが来るまで30分くらい待つ。
バスは私が一番乗りだったみたいで、運転手のおじさんがわざわざ降りてきて
スーツケースを運び込んで座席においてくれた。カムサハムニダ。
保存していた画面メモを見るために携帯電話に電源を入れたら
入れた直後は圏外なんだが、しばらくしたら「3G」に切り替わった。
・・・・えっ。
そしてドコモからのお知らせメールが来て、海外での使用についての案内。
使えんじゃん。
とりあえず母にメール。「みんな元気?」「元気だよ」。ほっ。
にしても抜けてるなあ、私。
私わりと新しい携帯使ってるんだからいまどき当たり前かあ。
どっちにしろ充電器がなかったから今回はこれで良かったけれど。

空港でバイト先へのお土産を整え、ゲートを間違えたりしながらバタバタ搭乗。
隣の席のアメリカ在住韓国人女性と英会話がはじまる。
彼女は昔高校で歴史の教師をしていたそうだ。
日本政府が過去に何をしたかという話をされる。
そして日本ではそれを学校で教えないということを指摘される。
私はその問題についてよく勉強したというわけではないにしても
まったく興味がないとか知らないというわけでもないのだから
何かしら言いたかったのだけど、うまく言えなかった。
「まあいいのよ、あなた個人がどうという話じゃないのだから」と言われた。
お互いの話やお互いの家族の話もした。
私が自分が大学で勉強していることについて話したら興味を持ってくれたが
やっぱりもっといろいろと説明したいのにできなくて、歯がゆい。
Nice to meet you でお別れ。彼女は乗り継ぎ。私は入国。

日本人と韓国人は顔がよく似ているから、
ここはまだ韓国でこの帰りの電車に乗りあわせている人たちは韓国人だ
というふうに無理やり思い込めばまだそういう気持ちになれる。
そうして車内のポスターとかを見ると、韓国のテレビやポスターで感じた
うまく説明できない滑稽さを同じように感じることができる。
それって西洋の真似事という意味での滑稽さなのかどうかは、よくわからないけれど。
でもこれを書いている今はもうあの感覚はすっかり薄れてしまった。




おしまい。


↓ありがとうございます。

Posted at 16:55 | 旅のきろく | COM(2) |
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