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2008.05.31

なちゅらる

就活でお世話になった高校の先輩と、ランチとお茶をしてきました。
家が近いので、都心に出て行ったりはせずに近場の駅でのお食事。
とはいえふたりとも入ったことのない知らないお店。
契約農家の減/無農薬の野菜だけを使っています、と書いてある
野菜が自慢のお店のようで
デザートメニューにあった野菜を使ったスイーツが面白そうだったので
そこに決めました。

パスタを数種類の中から選べるのですが
渡されたメニューにはカタカナのよくわからん名前ばかり並んでいたので
店員さんが去ってしまう前にすかさず
「これはどういうのですか?」「これは?」と質問して納得していたら
「サチ偉いね(笑)」と先輩に笑い褒め?されました。

料理もサラダもデザートもおいしかったし居心地もよかった。
メニューがちょっとおもしろくて
「野菜の戯れミネストローネ」とか
「日本一卵のカルボナーラ」とか
「赤カブのなんとか 赤は紅より深く・・・」とか
そんなちょっぴり心惹かれる名前のついている料理があるのですが
全品がそういうコンセプトで合わせて命名されているのではなくて
普通の名前の料理の中にちょこちょことそういうのが混じっている具合が
ナチュラルでいいなと思った。
本当に戯れていたり、日本一だったりするからそういう名前なのかなって。

先輩は、パッと見は気が強そうなかっこいい系なのに
話してみるとほんわかふんわりおっとりしている、そんな女性、だと思う。
1時過ぎから結局6時過ぎまでご一緒していたのですが
お互い話が尽きてただボーっと座っている時間もちらほらありました。
そういうときの先輩もただただ自然体で沈黙も心地よくって
こういう女の人を癒し系とか和み系とか、世では言うのかなあ、なんて
私は観察しながら考えていました。

確か今年で社会人5年目くらいで、家族と一緒に実家で暮らしている。
ひとり暮らししたりはしないんですか?と聞いてみたけど
うん、通えるし、お金もたまるしねえ、と笑っていた。
そして、何かと大学生の妹さんの話が出てくる。
「冗談で、妹に『今日一緒に来る?』なんて言ってたんだよ(笑)」
などと言っていて、仲良しなんだな~というのも伝わってくる。
うちの姉妹と年の差も似ている。なんかいいなあこういうのも。
やっぱり、別に焦って今ひとり暮らしなんか始めなくてもいいかもな~って
先輩を見ていたら思えてきた。
まあ、うちは私より妹の方が早く家を出たがっているけど。

途中でお酒の話になり、
・わりと飲める
・ビールは好きじゃない
・カクテルはおいしいけどジュースだ
・とはいえ詳しいわけではなく、名前の感じで選んで日本酒か焼酎を頼む
という点でことごとく一致したので、次はぜひ夜に☆とお約束をして帰ってきた。
先輩はもうひとつ、日本酒とウーロン茶を一緒に頼んで「分解」しながら飲む
と言っていた。
え、それも?と言われながらグラスをふたつ並べて飲むらしい。
そのほうがおいしく飲めるし、翌日も楽なのだそうだ。
確かに日本酒だけ飲んでいて、なんか濃いなあと思うことはたまにあるので
いいこと聞いた、私もやってみようと思ったのですが
同時に、そういうちょっと変なことも自然にやってる先輩の姿が容易に想像でき
総じて、先輩は「憧れの女性」だという認識を新たにしました。



↓ありがとうございます。
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Posted at 21:24 | 日々のこと | COM(0) |
2008.05.31

姦しい?

論文指導を受けてげっそり。
これから鬼のように英語の論文を読み漁らなければいけない。時間がない・・・。
いや、でも英語でよかったんだ。
ここへ来てぶつかる論文の山がフランス語とかだったらおしまいだもの。
と、プラス思考で参ります。

そんな山を抱えつつ、来週ゼミでの発表も控えているため
資料を求めてよその大学の図書館へ。うちの図書館は本当に品揃えが悪い。

だいたい用事が済んで、駅へと向かっている途中にバイト仲間からメール。
同期で入ったけど今はもうやめてしまった子と飲んでるんだけど合流しない?
というお誘いでした。
タイミングのあまりの良さにも押されて、喜び勇んで合流です

やめてしまったS嬢は私のひとつ上。
今も同じバイト仲間のM嬢は私の4つ下。
別にSとかMっていうのは名前以上の意味はないし、どちらかというと逆である。
Mはことあるごとに
「Sさんが21のときってことは・・・16か」とか
「Sさん高1っていうと・・・小6か」などと計算する。
そのたび私たち四半世紀組はリアルに驚愕する。
普段から話も合うし、大して違わないようなつもりで付き合っているけど
というか、だからこそ
いちいちあげつらって世代間格差トークへと持ち込むのが楽しいんですね(笑)
ティモテ、ティモテ♪ と髪を洗う仕草がSとかぶってMが置いてけぼりになったのが
個人的には懐かしさ最高潮の瞬間でした。

ここ数年感じていることだけど
こうやって楽しく女の子同士で盛り上がっているときが一番
おばさんに近づいていってるなあって実感する。
おしゃべりが楽しいのは中高生も同じだけど、もうその盛り上がる空気は
彼女たちのそれよりもおばさんたちのそれに近い気がするのであります。
3人以上の場合は絶対にそう。
私の場合こういう席が多くないので、そのたびいちいち新鮮に実感してしまうせいか
楽しくてケラケラ笑っているのと同時に
うわ~年取った感じするわ~と心のどこかで ほげっ としてしまう。

「ほげっ」を少し解説すると、
おばさんっぽいのは嫌だな~という気持ちと
かといってスタイリッシュな大人の女みたいなのも
つんつんしてる感じがしてで嫌だなあという気持ちと
なーんてスタイリッシュじゃないからいらぬ心配であった、という苦笑いと
だとしたら自然に楽しいこのおばさん感がきっと幸せというものなのだろうな
という諦観の境地と
でもやっぱりおばさん臭は、まだ避けたい、とはじめに戻るループ構造
そんなものの総体のことです。

ふたりには、流れで彼氏に奥さんがいるということは今日話してしまった。
こういう席でこういう話になったらきっと隠さないだろうな私、とは
ある程度仲良くなってきた頃から思っていました。
こうやって秘密が秘密でもなくなっていく。秘密だけど。
当然それなりの反応はされたけれど
空気をぶちこわしてしまうというようなことは少なくともなかったし
その後も今までどおりに楽しく会話をして帰った。

誰でもこんなふうに受け入れてくれるとは思っていない。
それに、本当は受け入れてなんていない、かもしれない。
それでもこういう場面で何かを信じて、というか何かに賭けて
簡単に白状してしまうのは
前に友達がはっきり言ってくれた言葉によるのだと思う。
不倫してるということを打ち明けた数人目の友達
「善くないことだ」とその行為を全否定したあと
友達がどんな恋愛してようが友達であることは変わらない」
というようなことも言ってくれた。
思っただけでなくて口に出してくれたことが嬉しかった。
みんながみんなそういう考えなわけじゃあないとは思うけど
そう言ってくれて今もやっぱり友達でいてくれる人がいるということは
たいへんな支えだし、有り難く幸せなこと。





↓ありがとうございます。
Posted at 01:52 | 日々のこと | COM(0) |
2008.05.29

他人事

ハタチの男の子と付き合っているという友達の話を聞いた。
その子は私と同い年だから、3つか4つも年下だ。
3つか4つ「も」というのは
「だいたい同い年じゃん」では済まない年の差に感じられるという意味を込めて。
その彼は今年大学3年生で、これから就活が始まる季節。
彼女のほうは超大手、しかも彼の志望するのと同じ業界の超大手に
かなり早い時期に内定をもらっていて、これから修論を仕上げる季節。
彼氏くんは、これからのことを思うと不安で不安で泣いてしまうのだそうだ。
就職そのもののこともそうだし
先々の勤務地のことまで考えていて
地方勤務になったら離れ離れになっちゃう・・・ということも含めて
シビアな会話が絶えないそうだ。
なんでも、彼氏くんにとっては彼女が初めての恋人だそうで
聞けば聞くほど、彼がいろんなプレッシャーにおしつぶされそうな感じがよくわかる。
「いつまで泣いちゃう彼をかわいいと思っていられるかだね~(笑)」というのが、
その場に居合わせたお姉さまたち(私たち)のお気楽なまとめだったのだけど
他人事ながら 初めてのお付き合い と プレッシャーな就活 のダブルパンチが
なんだか心配である。がんばれ彼女、無理しない程度に。

妹の友達で、23だか4だかの男と付き合っている子の話を聞いた。
彼女は高校生で、彼はバイト先で知り合った院生らしい。
どうやら、高校を出たら彼と同棲する予定なのだそうだ。
23、4の院生男なんて君らが思うほどオトナじゃないよーー!!!
と、まずは叫んでしまったけど、まあ人それぞれだし
彼女は彼女で親と折が合わなくて家庭崩壊状態だとかで
私が知りようもない事情もいろいろあるみたいだ。
その男がどんなふうな人なのかは全然知らないけど
彼女のほうはプリクラや写真を見せてもらってもまず目が行くような美少女で
他人様の娘さんのことながらなんとなく心配である。
何が?って言われてもよくわからないけど。男、がんばってくれ、無理してでも。

ちょっと前からよく言っていることなのだけど
私は同年代とか4つや5つ年上の男と付き合うくらいなら
年下の男の子とのほうが楽しめるかもしれない、と思っている。
とはいえ、そういうことを言うためのサンプルにしている男性の数が
そもそも少ないしタイプ的にも非常に偏っている気もしていて
いろんな意味でこれからの出会いに期待をしているところではある。
「4つや5つ年上」なんていう基準は適当で、6つ以上なら良いわけでもなく
結局のところ「大人の男性」の基準の実態は「既婚」なんじゃないかと思うと
大変おぞましい。
が、過去の実例だけをもとにすればそういう結論になる。いやーん><

どのみち、確信犯的に二股をかけるつもりでいくか
すっぱり彼とお別れして泣いて・・・というステップをきちんと踏むか
どちらかでないと新しい出会いはやってこない。
10年後くらいには
「あのくらいの年のこういうオナゴって不倫に走っちゃうのよね~」
みたいな感じに余裕で回想できていると嬉しい。

こんなことを考えるのは他人の恋愛話を聞いたときだけだが
裏を返せば他人の恋愛話を聞くときはいつもこんなことを考える。



↓ありがとうございます。
Posted at 01:41 | 恋のこと | COM(2) |
2008.05.27

ぼーっとする

朝からガムを踏んづけてしまった。
とりあえず座れるところで汚れを落としたり・・・・
うちに帰ってから本格的にごしごし洗い落としたりしましたけど・・・・
その間中ずっと香ってくる香料の気持ち悪いことといったら、もうっ!
ガムは紙に包んで捨てろって~パッケージにも書いてあるだろ~~~

と、ブルーな気持ちの幕開けとなった今日ですが
なんとなく一日中エンジンがかからず、それでもやることは山積みで、ストレス。
カラオケ行っちゃおうかな、とか
洋服買っちゃおうかな、とか
あんみつ屋さんに入っちゃおうかな、とか
新しいゲームでも買っちゃおうかな、とか
現実逃避の方向に頭を傾けつつ学校の図書館を出てしまったものの
あまり経済的にリッチな状況でもないし・・・と結局全部思いとどまってしまって
新たに欲求不満まで抱えて帰ってくるかたちになりました。

ゲーム売り場には行ってみたのだけど
なんだかアニメっぽい絵のゲームばっかり並んでいてちっともやる気をそそらない。
帰宅してから妹にそう言って不満を打ち明けると
そういえばうちにはアニメっぽい絵のゲームはないよね、という話に。
確かに、あるとしたら面白くないやとやめてしまったゲームばかりだ。
今まで意識してなかったけどそんな嗜好が明らかになった。どうでもいい。
(「アニメっぽい」ってどういうのを指しているかっていう話は面倒くさいので割愛。
鳥山明はOK。少年誌っぽいのは大丈夫みたいだ。)

井坂幸太郎がおもしろいって、わりといろんな人が言うので
今読んでる神話の本が終わったら母の本棚から持ち出そうと思う。
面白そうなゲームは見つからなかったし、ゲームは高いし、
面白いゲームを始めてしまったら時間がとられて仕方ないのもわかっているので
しばらくは娯楽は本か映画で、文化的な感じに落ち着いていようと思った。
面白い本にのめりこんでしまって一日費やしてしまっても
ゲームでそれをやってしまったときに比べると罪悪感が少ない。娯楽差別。

なーんて、娯楽を充実させることより勉強をしっかりしないといけないんだけど
難しいなあ。
明日もあさってもこんな感じだったらどうしよう。
こんな感じでなく過ごすためには何が必要なんだろう。ううむ。



↓ありがとうございます。
Posted at 23:09 | 日々のこと | COM(2) |
2008.05.26

ねこっけ

髪の毛の質ではなく、猫の毛の話。
うちには黒猫がいます。
知り合いが拾ってきた捨て猫をひきとった、そういう子です。
気性が荒いのですが、おとなしいときに背中なんかを一方向になでてやると
気持ちよさそうにします、とかいう話ではなくて、毛がめっちゃ抜けます。
ちょっと指を立てて梳かすようになでるとさらに抜けます。
そうやってお尻のほうにたまって浮いた毛を集めて丸めてみると、
猫全体としては黒いのにもっと薄いグレーの毛玉ができます。不思議なんです。
軽くくしゃっと手でするだけで簡単に絡み合って
粗末なフェルトみたいなものがすぐにできます。
しばらくなでつづけるとふいっと逃げてしまうのですが
それにめげずに長期間にわたってなでて抜けた毛を集めて丸めたら
けっこうなかさの、「毛玉」か「粗末なフェルト」か、
そんなものができるのだろうな、と
何の生産性もないのだけどそんなことを考えていたら思い出したことがあります。

小学校のとき、消しかすを集めるのがはやったこと。

消しかすを集めて丸めるとねりけしが作れるらしい、と誰かが言ったのを聞いて
私も例にもれず、集めていた時期があります。
飽きちゃって集めるのをやめてた時期もあるけど
それを挟んでやっぱり何度か熱中して集めていました。
けれどねりけしを作れたことはない。
糊と一緒にこねるらしい、と聞いてこねてみたことはあるけど
想像がつくとおり、手が汚くなるだけでねりけしにはならなかった。
そして、実際にねりけしを作ることができた人も見たことがない。
やっぱり消しかすでねりけしが作れるだなんて、デマだったのかな。
少なくとも小学生が学校の机の上に調達可能な素材と技術とをもってしてでは
ねりけしなんてはなから作れやしなかったのかもしれない。

でも、今思い出してみると、とても夢がある光景だった。
フィルムケースとかを用意してかなりの量を集めている男子がけっこういた。
自分のだけでなく、人が消したときの消しかすまで
「これちょうだい」とやってきて手早く集めるというシーンもザラ。
当時から何事も広く浅くだった私は、やっぱりそこまではしていなかった。
でも、誰かのよくわからない容器にいっぱいの消しかすがたまっているのを見ると
こんだけ集めてすごいな~、という尊敬+若干の失笑みたいな気持ちと
これがあの、楽しいねりけしになるんだ・・・!という「夢」とを感じていました。
いや、うーん本当に当時感じていたかどうかは怪しいけども
いま回想するとすごくそういう気持ちになるし、
うっすら蘇るワクワク感はきっと、当時のものなのだと思う。思いたい。

(あ、前提として、私はねりけしをこねたり伸ばしたりして遊ぶのが大好きでした。
でもおこづかいをもらうようになったのが遅かったせいか
そういうジャンキーな文房具、というか遊具を
自分でお店に行って選んで買うということをする習慣がなかったので
気前のいい友達にもらったりしないとなかなか手に入らず
ねりけしに対する羨望の念は他の子より多少強かったのではないかと思う。)

うちの猫の毛を、何か手ごろな容器にたくさんたくさん集めて丸める――
きっと汚い何かができる。部屋の隅で見つかる埃みたいな、汚いものが。
きっと集めている過程で、その容器をみていやになる。
ゴミなんかためて、私はバカかと。
家族に知られたら(知られずにはできないだろうが)、きっと引かれる。
でも、ねりけしを夢見て消しかすを一心に集めていたあのときのウキウキが
想像するだけでもちょっと蘇るようでもあるのだ。
手作りのフェルトのかわいいボンボンとかできちゃうのかな~♪
なんていう、ときめきが。ね。

さて、私はこれを実行するかしら?
昔は何のためらいもなくゴミをためてぐちゃぐちゃこねていたけど。







↓ありがとうございます。
Posted at 02:08 | 日々のこと | COM(3) |
2008.05.24

「オオカミ」

このごろ神話に興味があります。
きっかけはゼミの先生に去年言われた言葉。

「西洋の思想に基づいた学問してるんだからギリシャ神話くらい知っていなさい。」

ごもっともです。
と思ってからもうずいぶん経つけど
たとえば『全訳・ホメーロス詩集』的な本ってとても読みにくそうだし
阿刀田高『ギリシア神話を知っていますか』 (新潮文庫)は昔読んだことがあるのですが
読んだことあるくせに忘れているというのがシャクなのと
相当読みやすく軽いタッチで書かれていた記憶があって
今そこまでライトに接したいわけでもないというわがまま極まりない理由から
どうしても食指が動かず、気になってはいながら読まずにきていました。
が、たまたまうちの母の本棚に山室静『ギリシャ神話―付北欧神話』を見つけ
読んでみたらふんふん面白く進んで終わりまで行けてしまいました。

山室静といえばトーベ・ヤンソンの作品の訳者、という認識で私はいましたが
そんなこともあって北欧神話も短いけれど後ろについていました。
(あとがきによると、ギリシャ神話の本となると自分より詳しい方がいるから
自分の出る幕ではない、とはじめは執筆に乗り気ではなかったそうですが
北欧神話も、となれば自分もいくらか語れることがあるということで
めでたく執筆・出版の運びとなったのだそうです。)
そちらも楽しく読み進められ、神話っておもしろいなあ、と味をしめた私。
そもそも先生が「知っていなさい」とおっしゃったのは
西洋の思想家の話の根底に流れているのがギリシャ神話であったり
実際よく論文の中にも表現として神様やら英雄やらの名前が出てきたりするからで
知識として知っていないとそれらを理解できないということなのですが、
こんなさっくりと文庫本一冊読むだけで
ちょっと教養がついたような錯覚に陥ることができる、というのも
「神話を読むのがおもしろい」理由のひとつだったりします。

インドの神様は?中国は?と考えているうちに、ふと
あれ、日本の神話って?ということに思い至りました。
高校の古典の時間に古事記だか日本書紀だかは読みましたが
あまり熱心に授業を受けていなかったからほとんど覚えていない・・・。
それ以外に、たとえば子どもの本などで神話を教えられたような記憶もないし
日本で「神話」というと、天皇制とかそういうきな臭い連想が先に浮かんでしまう。
「西洋思想の根底に流れている」と先生がおっしゃったのと同じような意味で
日本で言える「神話」ってあるの?
少なくとも私の中に息づいている神話は、せいぜい

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なんですけど。
(しかしこれは素敵なゲームです。楽しかった。)

というわけで、図書館で日本神話っぽい本を探して今読んでいるのが

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めちゃめちゃ吟味して選んだとか、誰かに薦められたとかいうわけではないので
一般的にどういう評価を受けている文献なのかは存じませんが
意外と興味深く、難しすぎることもなく、ふんふん読めています。
神話そのものでも神話ガイドでもない、歴史研究の成果の本なので
研究素材である神話自体については他のものを読まないとわからないまま。
でも先にこっちを読むことができて良かったようにも思います。

にしても、例えば「出雲大社」って言葉は知っていても物語は知らない私って
やばいのかな??一般常識ですか?
感覚としてはそういう神話よりも、
おじいさんとおばあさんが住んでいて子宝に恵まれず・・・とか
うそつきじじいやよくばりばばあは鬼に食われるとか
そっちのほうが、人々の心に深く根付いている物語体系という意味では
日本ではあてはまっているような気がする。




↓ありがとうございます。
2008.05.23

アパルトヘイト

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最近、キング牧師の演説の映像を見る機会がありました。
高校のとき、英語の先生が「I HAVE A DREAM」のスピーチをテープに録音させ
授業の一環として暗唱させられたりしていたこともあり
もともと「名演説である」という刷り込みはじゅうぶんあったのですが
ほんの断片の映像ながら胸に迫るものがあって、びっくりしてしまいました。
抑揚なのか 比喩の美しさなのか 思想の尊さなのか・・・・
と同時に
当然知っていなければならない知らないことが多すぎるという思いも新たにしたので
レディースデーでもないけど予告編を見て気になっていたマンデラの映画を
今日見てきたわけです。

映画としてどうこうとかいうより、私にとって考える足場を提供してくれたということで
見に行ってよかった。
現代史というか現代社会というか、こういうことって
勉強科目として習った時代もあるにはあったし
情報を得るための本などのメディアも数多あるものの
やはり何かのきっかけで関心を持ったときが吸収しどきだと思うので
この流れに身を任せて勉強していきたいものです。
予告編でも、またもや「戦後史」関係のドキュメンタリーが気になってしまった。

映画の中に「傍観者ではなく歴史の一部になりたい」という台詞がありました。
そう言って、危険は伴うけれど重要な仕事に戻っていくことを
妻に納得させるシーンで
それに対する妻のリアクションや、後で彼女が夫に同じ言葉をかける場面と共に
とても印象に残った台詞だったのですが
実際、社会のことや歴史のことについて
私たちは「傍観者」ではいられないよな、というふうにもあとから感じました。




↓ありがとうございます。
2008.05.22

ひとつ屋根の下

出張の狭間の彼に会ったり
学部の同期で「同窓会」をしたり
先生の研究室へ行って論文指導を受けたり
家庭内のちょっとした事件によろめいたり
そんな健全な日々を過ごしています。うなぎの白焼きも頂きました♪



「ちょっとした事件」を受けて
やっぱり今 一人暮らし~ なんて浮かれている場合じゃないかも、と思いました。
さっそくその思い付きについては既に話していて反対もされなかったけど
他にできることがあるんじゃないかって気もします。

彼に話すと、
「そうか、長女の就職が決まってもサチ子家の平穏は続かないのだな」
という他人然としている(実際他人ですが)と同時に「サチ子勝手」な感想のあと
こんなふうに話してくれました。

「今まで安心しきってよりかかってきたもの、家族とか親とかが
本当に『絶対大丈夫』なわけはないということ
それは頭ではもっと前からわかっていたと思うけど、
だんだんそのことから目をそらさずに向き合わざるを得なくなってくる。
そんな季節に突入すると思うと、これからが生きていくのがまた楽しみだね」

まだまだこれからのことだけど
学生でなくなって経済的に自立して
「親の庇護のもとに」ではなく生きていくってどういうことかなって
ぼんやり考えてはいました。
彼の言葉を聞いて すこーしイメージが浮かんできたような気がする。
だんだんと、私が守られるだけではなくて
私が頼られる側になっていかないといけないということなんだな、って。

具体的に何があったのかは、今ここで書くつもりはないのですが
今回のことでたぶん一番ダメージを受けているのは、母。
実際的な意味で何を助けられることがあるかはわからないけど
元気とか勇気とかをあげるくらいは
ちょっと心と頭を使えば私にだってできるはずなのだ。
そして、負担をかけてはいけないのは父で
守らなければいけないのは妹、気を配っていないといけないのは祖母。

さて、どんなふうに?
長女、がんばり時です。




↓ありがとうございます。
2008.05.18

衝動

昨日は実はとっても楽しい一日だったのだけど、まあそれはおいといて
今日は勉強場所を求めてネットで図書館探しをして
都内にある、縁もゆかりもない初めましての図書館に行ってみました。
ただただ気が散らず、お金もかからず、長居のできる机とイス
だけを求めていたため、蔵書の充実度などについてはまったく注意せず
開館時間が比較的長いということと立地が素敵そうな気がしたというだけで
そこへ決めて赴いたのですが
駅に降り立った瞬間、ああ、ここに住みたい、と思ってしまった。
あまり詳しくは書けないけれど、とにかく雰囲気が気に入ってしまったのだ。
図書館だってどこの駅の近くにもあるわけじゃないので(現にうちの近くにはない)
「近所に図書館がある」というのも住む街としてポイントが高いではないか。

まだ正式に決まったわけではないけど、来春からのおそらくの勤務先は
今の家からもじゅうぶんに通える場所にある。
というか学校に行くよりも断然行きやすい。
一人暮らしをするきっかけがまた遠のいてしまったなあ、と思っていたのだけど
仮にこの街なら
勤務予定地への今の行きやすさも
今の私の活動圏への行きやすさも
どちらもそれほど損なうことがないのである。
それに図書館があるし、商店街もあったし、今より駅の近くに住めれば完璧だ。
さらに、今の我が家との距離がまた、近すぎず遠すぎない絶妙な具合なのだ。
つまり、地図的には遠くないものの、電車を何本も乗り継がないと行けない所。
だから実際のところいつでも帰れるけど
「ひとり暮らし面倒だからついつい実家に帰ってしまう」という事態には
なりにくいのではないかと思うのだ。
(大学生になるとき、なんとなく興味本位でひとり暮らしを始めたものの
そういう理由で結局実家に戻っちゃった、という話を
単発バイトで一緒になった女の子から聞いたことがある。)
もう、妄想上では決定である。

娘に対して、家庭によっては「早く出て行け」と言ったり
逆に「家にいろ」と言ったり事情はいろいろあるのだろうけど
うちは明らかに前者ではなく、かといって後者でもないように思う。
「うちにいるんでいいじゃない」と言われたことはあるけど
少なくともそのときは、心情的な理由からにしか聞こえなかった。
これまでだって「一人暮らししたいなあ」とぼんやり思ってはいたけど
具体的にどこに住みたいというようなイメージもなかったし
(これは今も変わらないけど)必然性もなかったし
家に居づらい事情があるわけでもないしで
現実的には考えていなかった。
が、そんなこんなでひとめぼれながら「候補地」の予想外の出現に
今私の心は大きく揺れているのだ。ゆーらゆら。




↓ありがとうございます^^
2008.05.16

『お料理行進曲』

「ジャガイモを丸ごと茹で、茹で上がったら皮を剥く」
という作業を、本日生まれて初めて致しました。
『キテレツ大百科』の主題歌で
♪茹でた~ら 皮を剥い~て ぐにぐにとつ~ぶせ~
という歌詞がありますが、子供のころ
「茹でてからなんて熱くて皮剥けるわけないじゃん」
といちゃもんをつけ、鋭いつっこみをしている気になっていました。
だいぶ大きくなってからそれが、皮をつるっと剥くための一般的なテクニックだと知り
間違った指摘をして得意になっていた己の無知を恥じたものです。
お母さんのお手伝いしたことないみたいな誤解を招かぬよう言っておくと
我が家では皮を剥いて適当な大きさに切ってから茹でる方法をとっていて
母いわく、そのほうが茹で時間が短いというメリットを買ってのことだったようです。

今日は、ジャーマンポテト 的なもの を作りたくてレシピを見たところ
「茹でてから皮を剥く」という因縁の工程がそこには記されており
「冷めないうちに布巾を使って剥くとやけどせずにつるっと剥けます」
と、初心者に優しいさらに具体的な説明が書き添えられていました。
しかも
「皮を剥いて切ってから茹でると時間が短縮できますが
お芋が水っぽくなってしまいます」
と、せっかちさんを諭すかのようなひとこともご丁寧に書いてあったため
これは「つるっと剥ける」の「つるっと」とはいかほどのものなのか試してみよう、と
この度の初挑戦に至ったわけです。

やってみると、やはり時間がかかってイライラするなあ、とまずは思いました。
根菜も含めて、野菜なんて今やレンジでチンでも茹でられる時代です。
こんなまんまるのごろっとしたお芋に爪楊枝がさくっとはいる瞬間が
本当に来るのかしらと思いながら、何度もぶすぶすと突き刺してしまいました。
しばらく放置してようやく茹で上がると、ついに「つるっと」を試すときです。
料理番組で見るような、左右にぱかっと皮が割れて黄金色のお芋が出てくる
あれをイメージしていたのですが、さすがにそうはいきませんでした。
親指でこするようにして「づるーりづるーり」剥いていきました。
たまに小さな皮が島のように残ってしまうのでそれも取り除きます。
そんなことしてる間に他の芋が冷めてしまわないかと少しはらはらしつつ。
確かに簡単ではあったけれど、多少フラストレーションの残る結果となりました。
そもそも、ごつごつしたジャガイモの薄い皮を生のうちに包丁で剥く作業には
それが当たり前だと思って生きてきた分慣れてしまっているので
そっちのほうが感覚的にはてっとりばやいような気がしてしまうのです。
こうやって、古い自分のやり方に人は固執してしまうのだな、とにやり。
お芋が水っぽくならずに済んだのかどうかというのは
日頃料理をする量自体が多くないので判断できませんでした。
が。ともかく 先茹で方式 やってやったぞ!という達成感だけは味わえました。

肝心のジャーマンポテト 的なもの の出来は
まあ所詮「的なもの」なので、その程度の出来でした。
焦げが混じってちょっと黒っぽい感じや、素朴すぎる味付けなどから
「海の家っぽい」料理 という形容を思いついたので口にしたら
「ああ、確かに、わかる」という答えが返ってきました。
通じてしまった。私ったら表現が的確である。



↓ありがとうございます。
Posted at 21:46 | 日々のこと | COM(2) |
2008.05.15

論点

人間の約束人間の約束
(2001/07/25)
三國連太郎

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昨日の深夜、NHKで放送されていたのを見ました。
昭和61年、今から20年ほど前の映画
杉本哲太や佐藤浩市といった今の中年俳優陣が若造役だった。
それはともかく、3世代で東京郊外に暮らしているある家庭で
ボケてしまってお嫁さんに介護されていたおばあちゃんがある朝亡くなるのですが
夫であるおじいちゃんが「おらが殺した」と警察で自供するところから始まる
「高齢化社会に真っ向から取り組んだ」とどこかに書いてあった、そういう映画
以下、ネタバレ込みで感想をつづりますので
私の余計な解釈なしに作品をこれからご覧になりたい方はご注意ください。



『人間の約束』というタイトルをふっと思い起こさせるセリフは
私が気付いた限りでは2度出てきた。

1、ボケが進行する祖父母に手を焼く両親に向かって
ハタチ前後と思われる孫息子が
「父さんだって母さんだって本当は『早く死ねばいいのに』って思ってるのを
ただ隠しているだけなんだろ」と言い捨てる。
父親は温厚そうなタイプだが、このときばかりは息子を殴って、こう言う。
「人間には、何があっても口にしてはならないことがある。よく覚えておけ」と。

2、映画の終盤になると、実はおばあちゃんに手をかけたのは
実の息子(つまり↑この父親)だったということが明らかになる。
警察のほうでもその可能性を考え始めたころ、刑事たちが会話をするシーン。
「尊属殺人の最高刑は死刑。だがボケ老人の安楽死ということで情状酌量されて
執行猶予がつけばそれで終わりだ。どういうことだかねえ」
「ふん。所詮法律なんて人間が決めた約束でしかないんだよ」

(ちなみに「ボケ老人」という言葉は映画で使われていたそのままを引きました)

よりはっきりと「人間」の「約束」と言っている2は
「ボケ老人」の安楽死とあれば事情が事情だから致し方なかろう、という約束。
一方の1は
「ボケ老人」であろうとも「死ねばいいのに」なんて言ってはいけない、という約束。
この、やるせない矛盾。



これだけの大きなテーマにじゅうぶんずずずんと衝撃を受けつつも
もうひとつ 私には浮き上がって見えてきた物語は、妻の苦悩について。
「あんたは鬼だ!」と叫ばれたりしながらも義母の世話をすることは
それはそれは大変な負担で、事件も色々描かれていたけれど
でも真に彼女を苦しめていたのはそっちじゃなくて、夫の浮気なのだった。

義父母とは、ぼろぼろになってぶつかりあいながらも
女性らしい「たくましさ」と「情愛深さ」をもって気丈にやっているように見えた。
今のところ「容疑者」であるため警察のところで暮らしているおじいちゃんと
久しぶりに対面したシーンで妻の口から自然に発せられた
「おじいちゃん!体は大丈夫ですか?」というセリフが
それを表しているように感じられた。

でもそんな気丈さでもどうしたって打ち勝てないのが、女性問題。
彼女が夫にとって「かけがえのない妻」であり「家族」であり
子供や両親のことを一緒に考えたりしながら生きていく「パートナー」であることは
きっとこれまでもこれからも揺るぎないことなのだと思うけど、
そしてそれは愛人には勝ち目のない愛の形なのだとは思うのだけど、
それでも彼女は確実に苦しんでいるのである。当然である。
(この映画の愛人に共感したり私自身を重ねてしまったりすることはなかったけど)
苦しめている というこの手の罪悪感をちらっとでも抱いたのは久しぶりだった。



ここからは映画を離れて私生活について考える。
奥さんに対する罪悪感 にドキッとしはしたものの
それは「そちら」の問題であって私が心配するのもおこがましい
と考えることにも一理ある、とやっぱり思っている。
「結婚を前提につきあってください」ではなくて
「恋人としてつきいましょうよ」という女に対して
「そうしましょうよ」と男は言っているわけなのだから
奥さんがいてもなお「そうしましょうよ」と決めた男本人が
そっちのことはどうにかしているべき問題のはずだ。
だから罪悪感なんておこがましいしお門違いのように思うし
こちらなんて及ばないくらいにラブラブなご夫婦なのかもしれないし
そうじゃなくて映画みたいに苦しめていたとしても
それでも女を捨てることなく関係を続けているとしたらその程度の男だということだし
その程度の男だとしたらちょっと嫌だけど
今のところ自宅に張り込んで覗き見する覚悟があるわけでもないのだから、
そんなことに思いをめぐらしても 時間の無駄だ。

というのが、時間をかけて長文を書いてしまったうえでの結論。





↓ありがとうございます。
2008.05.14

say to myself

(論文が無事書けて認められた暁には)就職先となる会社で
内定者コミュニティなる、SNSっていうんですか、交流のサイトが開設されました。
学校とは違うにしろ、新しい人間関係をまっさらから築いていくあの感じが
また始まるんだなあと実感。
大学院入学は同じ学校でのことだからカウントに入れないとすると
こういうのはおよそ6年ぶりだということになります。
ちょっとかったるいな~という気持ちはなきにしもあらず。というか、ある。
「新しい環境になかなか順応できない」というタイプでは決してないのだけど
でも心を開くのはいつもずいぶん遅かったように感じるのだ。
知らない人とサシやそれに近い少人数で出会って話したり仲良くなったりするのは
わりと楽しめるようになってきたのだけど
こう、わ~っとたくさんいてその中をどうにか泳がないといけない
というシチュエーションは、どうもまだまだ苦手みたいだ。
さっそく皆さんの自己紹介を見てみて、物思いにふけったりもしてしまったけど
「あまり人のことは気にしすぎないで、私らしく自然にしていよう」
って、意識的に心の中で唱えている自分が、気づけばいました。


***


授業がないのに学校へ行ったのは久しぶり。遠いんだもん。
他の大学にある資料を閲覧するための紹介状を作ってもらうために図書館へ。
実は、今回行こうと思っているのはうちから歩いて数分のところにある大学で
通ってた小学校だってもっと遠かったよ というくらいの近所っぷりです。
そこの図書館は週末には一般開放しているらしいのですが
スケジュール的に平日のほうが都合がいいので
なんだか回り道感は否めませんが1時間半かけて我が大学まで行きました。
どこでも行ってみたがりの父は、その図書館にも興味を持っていたようなので
一足お先に潜入してきて自慢してやろうと思います。

さて、学校では懐かしい「心の同級生」たちにたくさん会いました。
つまり、学部生として共に入学した仲間たちのことですが
新たに他の科に入りなおした人、留年組、院浪組、他専攻の院組などなど
結局のところ同じ大学の学生でありながら身分の違う友人が多いのです。
たいていは「久しぶり~」であっさり挨拶は終わるのだけど
今日は「~~~~!」と声にならない声を発しながら
思わず抱擁を交わしてしまった人がいました。
仲の良い子に久々に会った若い女(で、いいよねまだ!)として
そういうアクションは別にありふれていて特別なものじゃないと思うけど
冒頭で述べたように学校で誰かと仲良くなることに対して苦手意識のある私は
自分がそんなことできちゃってる今 にいちいち感動してしまう。
この私が友達とお互い思わずハグだなんて、あー幸せ って。
でもね、その子とだって出会ってすぐに仲良くなったわけじゃなかったし
仲良くなるために何か努力をしたとか毎日のように一緒にいたとか
そんなことがあったわけじゃないのだ。
何も無理しないで、自分全開でいたら、気づけばこういう関係になっていた。
「だから、これからだって焦ったり飾ったりしなくてもきっと大丈夫よ、私」
と、もう一度心の中で唱えてみる。




↓ありがとうございます。
2008.05.13

change

最近、彼が甘えん坊でおもしろすぎる。
というのは、朝から晩まで仕事して相当くたくたのようで
寝る前に電話をするとものすごく疲れて眠い声でいるのだけど
頭も疲れて理性が飛んでいるみたいで
思ったことそのまま言葉になっていて、いつもとキャラが違う!!
そもそも電話をすること自体
これまでは私からリクエストすることばかりだったのに
今回の出張ではそうじゃないことがけっこう多い。
極めつけは昨日のメール
明日も朝が早いというし、聞き分けよく「おやすみ」と私が送ったメールに
本文「おやすみでんわ」とシンプル極まりない返信がきてびっくりした。
「~する?」とか「~していい?」はおろか「~したい」という言葉すらない。
あれ、芸風かわった?って感じの軽い衝撃。

・・・とはいえ別に「ひいた」とかあるいは「優位に立った」とか
そういう言葉で表されるような気持ちになったわけではないのだけれど。
誕生日の夜に彼が言った言葉をちょっと思い出したりする。

「俺がサッちゃんを必要としなくなるよりも
サッちゃんが今みたいな形では俺を必要としなくなる方がきっと先」
「水が高いところから低いところに流れるみたいに自然に
俺がサッちゃんにふられる日が来るんだろうなって思う瞬間がある」

↑こういう彼の思いと、例えば昨夜の彼の言動とは
たぶん直接的には関係ないけど
私のほうもおりしもちょっと前にこんなことを考えていたということもあって
「甘えん坊だなあ、ぷぷぷ」とか言えちゃう自分 について
ちょっと冷静に、意識的にならざるを得ない。そんな状況。




↓ありがとうございます。
Posted at 23:08 | 恋のこと | COM(2) |
2008.05.12

母の日

毎年、母の日は自分の誕生日の直後にやってくるものだから
我こそが主役じゃへへへい というテンションでいるうちに
母の日準備期間は過ぎてしまっていて
直前あるいは当日に慌てる、というのがいつものパターンなのであります。
今年も例にもれず、昨日になって「明日だったか」と気がつき
昨日は雨だったし東京はなんだか突然10℃くらい下がって寒い日だったし
「もう今日はいいや明日中にどうにかしよう」と当日である今日にまわしてしまった。

彼との出会いがいつぞやのGWだったということをこの間書きましたが、
その年の母の日も「ふたり史」的には思い出深いイベントだと私は思っています。
数回目のデート。映画を見た。そのあと食事をした。
そして彼が、今度の日曜が母の日だから何か贈るつもりなんだけど
選ぶのつきあってくれない?と言ったので、デパ地下でお菓子を見て回った。
別に本気で「ぜひ女性視点のアドバイスを!」というようなテンションでもないことは
そのうちすぐにわかったのだけど
それパッと見が可愛いからいいと思う、と私が始めに言ったお菓子を
結局彼は買っていました。
で、そのあと私はバイトに向かって、その日彼から
今日はプレゼント選び手伝ってくれてありがとう、というメールが来た。

というそんな思い出があるからかどうかはわからないけど、
その年の父の日、次の母の日と父の日は
「何かする?」「何かした?」という会話を彼をずっとしてきました。
そして昨日も彼から、「母の日どうするのー?」というメールがきました。
「もう時間もないし何も考えてないからちょっと困ってる」というと
「まあ、気持ちだからなんでもいいんだよ。カードでもいいんじゃない?」と彼。

カード。つまりお手紙、のこと。
そんなのいきなり照れくさいし気持ち悪い、と最初は思ったのですが
でも、ちょうど(?)24にもなったとこだし、就職も決まったとこだし
突然ふっと感じるどうしようもない感謝の気持ちを伝えておくには
実は今がうってつけの時なのかな・・・と考えが変わりました。
お嫁に行くのはあとどれくらい先になるかわからないしね。

あまり大げさにやるのはいやなので
たまたま持っていた5~6センチ四方の小さなカードに5~6行
昨日の夜にメッセージを書いて、今日バイトの合間に適当なお菓子を買って
うちに帰ってきてから一緒に渡しました。ほいっと。

小さなとき私は、怒られたくないがためにすぐ嘘をついてごまかす子供でした。
きっとそんな嘘バレバレだったに違いなくて、
もちろん「嘘おっしゃい!」と結局怒られたケースもたくさんありました。
でも「そうなの」って受け入れてくれた、というか当時の私にしては
「しめしめ、うまくいったわい」というケースも少なからずあった。
大きくなってから考えると
見え透いた娘のくだらない嘘を信じるとき、悲しかったろうなって思う。
そして思春期のころは、その年頃ってまあしょうがないのだろうけど
「大人」のやり方、言い方、すべてが気に食わなくて
「お母さんみたいには絶対なりたくない。世界で一番軽蔑する」
というようなことを思いっきり言ったことがあります。
なんてひどいことを言うんだろう・・・って今自分で悲しくなっちゃうくらいです。

他にもいろいろ、心配かけたり気が利かなかったりめちゃくちゃな女で
これがただの知り合いとか友達による仕打ちだったら、ねえ・・・・・って
ため息つきたくなるところだ。
それでも、見捨てず「お母さん」でいつづけてくれたこと
当たり前のことのように見えなくもないけどきっと当たり前ではない、
すごく幸せで有難いことなんだと思うのです。
そういったことを、簡潔に5行くらいで述べたつもりです。
(「嘘」とか「罵り」とかの単語だけで母にはきっと何のことか通じるから。)
読んだ読んだ、と母は言っていました。
よし。





↓ありがとうございます。
2008.05.10

おすすめ

東京大学で今月18日までやっている「鳥のビオソフィア」という展示を見てきました。
東大のキャンパスにいる人の何割くらいが本当に東大生なのかは不明ですが
こういうふうに遊びに行くときはいつも、自分も東大生に見えてるのかな~とちょこっと考えます(笑)
ビオソフィアって何?とか展示の趣旨等についてはリンク先を参照していただくことにして。個人的感想。
まず展示の仕方がけっこう凝られていて、おもしろい。
単に「作品を見ましょう」と並べる美術館と、こうした博物館とのミッションの違いを感じる。
展示物の多くは鳥の剥製ですが
旧帝大資料室だかなんだかに所蔵されている鳥類学研究の写真資料というのもあり
科学的というのか客観的というのか
純粋に記録として、背景や文脈から切り離した個体として被写体をとらえている写真は
ある意味新鮮だった。不自然なんだけどなぜか生々しい。
そして一番衝撃的だったのは、「仮剥製」というもの。
うろ覚えの解説文によると、剥製には本剥製と仮剥製というものがあるそうで
私たちが一般的に思い浮かべる、展示用の生きているみたいな剥製は本剥製。
それに対して仮剥製とは、研究用に保存・収納しておくためのもの。
今回の展示には研究室を模したような作りになっている部屋がひとつあったのですが
そこで、引き出しに鳥の仮剥製が大量に保管されているさまを見ることができます。
その前の部屋で生き生きとした(?)本剥製をたっくさん見たあとに
無造作に開けられている引き出しを何の気なしにのぞきこんだ瞬間、目を疑いました。
足や首が折りたたまれたりあるいは伸ばされたりして綺麗な紡錘型になった同種の鳥たちが
頭の向きを交互にして一段の引き出しの中に綺麗に納まっているのです。
サイチョウみたいな嘴の大きな鳥も、首の向きを工夫してパズルみたいに無駄なく仕舞われていた。
研究をするってこういうことだよね、そうだよね、と思い知らされました。
知らないところで、実はこういう研究の恩恵もきっと受けているのだろうし。
別に鳥類学に興味があるとか鳥が大好きだとかいうことでもなく
時間と場所の都合がついたからふらっと行ってみただけだったのですが
思いのほか刺激的な時間を過ごせました。



それからレイトショーで映画を見ました。
ペネロピペネロピ
(2008/09/17)
クリスティーナ・リッチ
ジェームズ・マカヴォイ

商品詳細を見る

時間が遅くなるのもかったるいなあ、とぐずぐず迷ったのだけど、行って良かった!
ちゃんとしたレビュー的なことはどうせ書ける自信がないので、完全に自分メモ。
・王子様に助けられる話じゃない
・「そして良心に従った」
・勇気と 感謝と 誠実さと
・素敵な女の子だ。




↓ありがとうございます。
2008.05.08

ふためぐり

連休の最後の日に24歳になりました。
0時にしっかりお祝いしてくれた彼とどんな話をしたのかについては
時間のあるときにじっくり書こうかなと思っているのですがひとまずおいといて。
そんなにたくさんではないけれど、誕生日を覚えていてくれた友達からのメール
届くたびに嬉しくてにやにやを禁じえませんでした。
返信してすぐにまた返事が来て、と他愛ない楽しいやりとりができた人もいます。
どっしりと改まったメールをくれた人には私もじっくり言葉をつむいでお返事をしました。

そうやって落ち着いてメールを打った流れで、ずっと頭にはあったものの実行していなかった、
就活のときOG訪問をさせていただいてお世話になった数名へのお礼とご報告の連絡を
ついでに完了することができました。
高校時代の先輩がふたり。
こちらは当時から仲良しの先輩なので、お久しぶりではあるけどわりと気楽。
それからその先輩のひとりのお姉さんと、
名簿で見つけ出しただけで面識はなかった大学の先輩。

特に嬉しかったのは、この最後の大学の先輩なのですが
このとき一度お会いしたきりで決まったところもその先輩の会社でないだけでなく業界も違い
これってちょっと微妙なのかなーと思ったりもしながら送りました。
でもいただいたお返事がたいへんあたたかくって、あー良かった、と思いました。
「こんなご縁が良かったです。落ち着いたらお食事でもしましょうね」
というようなことを言ってくださり、
ああ、一度限りなのか お付き合いが続いていくのかの違いって
こういう一通のメールを送るか送らないかで生まれるのだなあ・・・と実感。
私はこれまで、↑の「微妙なのかな」の延長で引いてしまうケースが多くて
自ら途切れさせてしまったお付き合いがたくさんあるような気がします。
私のことなんて覚えてないよね 気にしてないよね というふうに思って
一度話した人と次にすれちがっても挨拶ができない というのもしばしば。
でも、たとえ顔を見たその瞬間は私のことを覚えていないとしても
思い切ってそこで挨拶をすることで気がついて思い出してもらえて
その次に会ったときはお互いこんにちはって言える関係になれているかもしれない。
最近はなんだかそういう勇気が前より持てるようになってきているかな、と感じます。

それにしても最近のこのテンションは、春っぽい。
春が好きで春に異様に元気なのは、春生まれだからかな。
元気になると調子に乗りがちなので気をつけます。



↓ありがとうございます。
Posted at 00:27 | 私のこと | COM(0) |
2008.05.06

いつだってゴールデン

2度目のボーナスをいただきました。
今のバイト先は昨年度からなのでちょうど一年。
報奨金は半年に一回、業務の正確さ、お客様への優しさ、出勤率の3点について評価されて
A~Cのランク別に金額が変わるのだそうです。
私はなにかと欠勤が多く、しかもついこの間シフトを追加したことをすっかり忘れて
無断欠勤までやらかしてしまっていたのですが
前回よりもワンランク上がっていて、額もアップしておりましたやったー
半年前にいただいたときは、その翌日に就活用スーツを買う資金の一部として消えたのでした。
そんなことを思い出して、ちょうど半年だったんだなーとしみじみ。



部屋の掃除。
いまだに残っていた中学・高校時代の教科書を一掃(とりあえず部屋から出しただけだけど)。
あいたスペースに、床に積んであった本やら書類やらを押し込んでひとまず片付いた雰囲気。
ずいぶん前、中学生のころに友達にもらったリラクゼーショングッズのひとつ
踏んで足の裏気持ちいい~っていうあのイボイボのやつがほこりをかぶって出てきたので
ごしごし水洗いして灰色の部分をこそぎ落としていたら
ほとんどの汚れは落ちるのにどうしても落ちない黒いぽつぽつがいくつかある。
よく見ると、イボイボの丸の上に 目・目・口 と顔のようにも見える。
さらによく見ると、そういう顔のついたイボイボがさりげなく2、3個ある。
ニコニコ顔がふたりと プンプン顔がひとり 黒の油性ペンで描いてある・・・・・・・

うちでこういうおちゃめなことをしてくれる人といえば妹である。
本人に見せてしばし大笑い。
はっきり覚えてはいないようだったけど、私なら描いたかも~と言っていた。
下手すると10年近く気付かれなかったということだけど
10年越しで笑いを届けてくれたということでもあります。ぷぷ。




↓ありがとうございます。
2008.05.04

まんぷく

バイト先に、よく洋楽を聴いてそうな人がいるので
先日のビヨンセの流れでいろいろ聴いてみたい私は、おすすめない?と聞いてみた。
「洋楽」といっても私の意味するところはつまり、
日本語歌詞にこだわらなくてもいいかもと思えるようになって
日本人にはない声量とかリズム感とか表現力とかにもっとふれたいなと思っている
というだけのことなので、どこの国の音楽でもべつにかまわないのである。
その人はむしろ英語じゃない言葉の歌のほうが得意分野だそうで、
私が ダンサブルなノリノリ系がいい と言ったら
じゃあ適当にセレクトして明日にでも複数枚持ってくる!と言ってくれて、楽しみです。



バイトが終わると父が駅まで車で迎えに来てくれていました。

父「飯食ったのか」
私「うん」
父「ラーメン屋行かないか」
私「お父さん食べるの?」
父「食べる。」
私「・・・じゃあ食べる」

なんでも、母が7時ごろに家で「ラーメン作るけど食べる?」と聞いたらしいのですが
そのときはそういう気分じゃなかったそうで、母ラーメンを拒否。
あとになって、煮卵入りのラーメンが食べたくなったから
私のお迎えついでに外で食べてこようと思って母の文句を背で受けつつ出てきたのだそうだ。
そういう事情なら、私は食べないから早く帰ろうなんて言うわけにもいかないし
夕飯と言っても6時前におにぎり食べただけだしいいよね、と言い訳して
一緒になって11時前にたまごラーメンを一杯平らげてしまいました。あーらら。
でもおいしかったし、いっか☆



↓ありがとうございます。
2008.05.04

振り返りモード

毎晩の腹筋、続いています。
というのも、「次のデートまで腹筋する」と彼に宣言したとき彼の返事が「え!じゃあ俺も」だったので
出張中で夜ひとりの彼と、「今日した?」の確認をするようになったからです。
最悪の場合、6月まで都合がつかないかもしれないらしいのですが
それなら腹筋がんばり期間が長くなるからいいわ、と気丈に答えてやりました。

大学の2年生くらいまで恋愛なんてものから縁遠い暮らしをしていて
そういうことに夢中になっている周りの人の気持ちがよくわからなかった。
「最近どうよ」と言った場合それは恋愛についてのことである、というセオリーが
どうやら大学生一般においてはまかりとおっているらしいと知って愕然としたり
「どうして『付き合う』の?」と酔った席で発言して「サチ子もいつかわかるよ~」とみんなに言われたり
そんな時代が私にも実はあったのでした。
当時聞いた「友達の友達」の話で印象に残っているものがあります。
その女の子は、友達の話に前からよく出てきていたまじめでしっかりものの女の子で
派手に遊んだりチャラチャラしてるようなタイプの子ではないということは少し知っていたのですが
とにかく彼氏との電話代だけはどうにも押さえようがないらしい、というのを聞いて
そんな彼女でもそうなのか!と、恋愛パワーの恐ろしさに感じ入ったものでした。

でも今は、彼が出張とあらば電話のチャンスをうかがっている私。
そんなわけで昨夜は彼と話していました。
そういえば、初めて会ったのはGWだったよね、と彼が言ったのを皮切りに振り返りモード。
たしかにちょうど2年前の、卒論卒論と言っていたGWに知り合ったのでした。
そしてその1、2週間後に彼がどこかへ出張にいったとき同じように電話をして
そのとき私が「あなたどういうつもりなの」と詰め寄った結果なんだか仲良くなったのでした。
「よく覚えてるよ」と彼は言っていました。
振り返りついでに、この間ノートに出てきた恥ずかしい日記の話も彼にしてしまいました。
「そのノートは面白そうだね。俺のこともちょこちょこ書いてあるのかな」って言っていました。
彼のほうからも この2年間の俺とサッちゃん総括 的なことを話してくれたけれど
私の「ノート」の中の彼も 彼の「ノート」の中の私も
きっとお互いに、本当のところはわからないのだろうなあって私は考えていました。
隠しているとか理解できないとかではなくて、根本的に人と人ってそんなもんかなあ、と。
わからないけど、今いっしょに過ごせて幸せ。以上。 ね。



彼のいない間に私は誕生日を迎えますが
同じ5月生まれの友達とちょうど真ん中の日にサシ飲みで祝いあうことに決定☆
もともと学部時代は先輩だった人で(当時は面識なし)院で同級生に。
なぜか妙にウマが合い、良き出会いじゃった~と思いながら仲良くさせていただいています。
楽しみ!



↓ありがとうございます。
Posted at 00:47 | 恋のこと | COM(0) |
2008.05.01

軽い落胆

今日のメインイベントの感想は「軽い落胆」。そんな感じ。

***

メインじゃないできごとについて。
品川アトレはちょっと私にはまだオトナすぎるようなにおいを感じるので通り過ぎて、
改札中の ecute で寄り道をすることにしました。
そう広くないフロアに好みの雑貨屋がたくさん入っていて、予想以上に楽しめました。
おひとつ紹介するのは「遊NAKAGAWA」 奈良に店があるという和雑貨のお店。
和雑貨の店なんて最近どこでもよく見かけるのだけど
全部欲しくてどうしよう、とこんなにもなかなか立ち去れなかったのは初めてでした。
聞けばもっと我が家に近い街にも店舗があるとのことだったので
いつでも来れるさと自分に言い聞かせてなんとか一点だけ選んで買いました。



前に読んだの一節でとても気に入った箇所があって
たしかそれを当時のノートに書き写したはずだということを思い出した。
何がきっかけで思い出したのか自分でもよくわからないのだけどとにかく読み返したくなったので
2年前のごちゃまぜノートを開いてみました。
当にごちゃまぜノートで、手書きのスケジュール表 や映画の感想 学校の授業のノート
卒論や院試用メモ 講演メモ 日記 心情吐露 などなどなんでもあり。
このブログとおんなじで、カテゴライズ不能論に基づいて存在している代物。

探してみると確かに雑な引用をしていました。大意だけで、厳密に写してはいなかった。
C.F.ラミュ『ストラヴィンスキーの思い出』泰流社、1945?55?(読めない) 訳者はメモなし。
・卑近な事物に喜びを感じるのを見て私はあなたと知り合った
・私を取り囲む人間たちにとって事物は取るに足らないものだった。~そのようなときにあなたはやってきたのだ
・それらの時が私にとってきわめて重要であるとすればあなたにとってもなんらかの重要性がないわけがなかった
他。
そういえばあまりに書き留めたいことが多すぎたので
借り物のだったから結局部分的にコピーをしたような気がする。
尻切れトンボな書き抜きが多いのを見ていたらそんな記憶も蘇ってきました。

ラミュという人がストラヴィンスキーと過ごしたある一時期のことを思い出して書いているもので
多分、作曲家研究的に意味のある著作なんだと思うのだけど
ラミュの彼に対する思慕の念が中にみなぎっていて、
恋に近い友情のような、ある種の恐ろしささえ感じられるような熱い思いが印象的だったのだ。
人との自分との間につくる距離、できてしまう距離、あるいは距離をとれないということ
これまでの人間関係に照らし合わせたりしながらそんなことを考えさせられた。今日も少し。

同じノートの違うページに、彼と付き合いだして間もないころの日記があった。
日記というか、胸の内を抑えきれなくなってどうしようもなく文字になってしまったというような文。
初めてデートスポット的なところへ車で出かけた次の日に書かれたもので
彼のこと好きすぎる こうこうこういうところが魅力的だ 嬉しい楽しい という気持ちと
また不倫で これはマジで深みにはまるぞやばいなあ という↑に比例する危機感と。
確かに抑えきれなくなったのよくわかる、こっ恥ずかしい文でした。

このノートは捨てられないな~なんていつまでも持っていて
何かの折に誰かの目に触れるようなことがあったら、けっこう大変。


↓ありがとうございます。
Posted at 19:50 | 日々のこと | COM(3) |
2008.05.01

andante

久しぶりに化粧をしました。というかファンデーションを塗りました。
乾燥肌がひどくて口まわりがファンデごとがさがさぼろぼろになったり
鼻をかもうものなら鼻のまわりの化粧もはげてしまったりする季節も過ぎて
逆にすっぴんだと顔色が悪いなあということが気になりだしてきたので
スキンケアとか生活習慣を見直す前に手っ取り早く上から塗りたくってみたわけです。
すると思った以上に効果テキメンで
ずいぶん顔の印象が変わるもんだなあと今更ながら感心してしまった。

最近、手帳やノート、筆記具などの日常文房具をどうにか使いやすく刷新したくて
お店や、見知らぬ文房具こだわりびとのサイトを徘徊してはあれこれ悩んでいました。
そして今日ついに今年度用の手帳を買ったことで(ギリギリ4月だったからよし)
手帳の使い分け方や持ち歩き方などのだいたいの方針が固まって
買い足したいものが具体的に見えてきました。うきうき♪

そのこととわりと関係がある話なのだけど
ここのところ丁寧に字を書くことを心がけるようにしています。
私は字が雑だと以前ここで書きましたがそれは速く書こうとするから。
でも、そんなに急く必要ないのかも、って近頃ごろ思うのです。
そのときに多少時間を短縮できることよりも
あとで気分良く読み返せることや人に見せても恥ずかしくないことのほうが重要だと
いまごろ気付いたのです。
新年を迎えた小学生のようだけど、今年の目標は字を丁寧に書くこと、なのです。

電話のバイトでも実は似たような現象が起きている。
新人研修続きだったおかげで
研修中の方とは言え自分以外の人の応対を外から聞く機会に恵まれて
私はいつもお客様や状況に急かされている気がして 速く速く と思っていたけど
もうちょっと落ち着いて丁寧に話しても大丈夫なんだ、ということを学ぶことができました。
研修ラッシュが終わっていつもどおり自分が電話に出るようになってから
無意識でしたが、余裕のある雰囲気で話せている気がします。

そう、なんだかこころのところ、「余裕」がマイブームみたいなのです。生活の細かいところで。
春だからな。



↓ありがとうございます。
Posted at 02:23 | 日々のこと | COM(0) |
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